趣味の為に生きて行く。

グルメ、本、映画、旅行をメインにアップしていきます。

川村元気 『百花』(文藝春秋)

認知症になった母親とその息子のお話です。

認知症になった母親と接することで、息子は忘れていた記憶を思い出していきます。
その逆説的な感じが面白いなと思いました。

「あなたはきっと忘れるわ。みんないろいろなことを忘れていくのよ。だけどそれでいいと私は思う」

母はずっと覚えていた。自分が忘れていたのだ。半分の花火は、こんなに近くにあった。それなのに母が最後に見たかった花火を、見せてあげることができなかった。

あんなに嬉しかったのに、どうして忘れてしまったんだろう。


このくだりはこみ上げてくるものがありました。
今、母が死んだら。
考えただけで後悔の波が押し寄せてきて震えます。

ただし、この小説の母親はかつて息子に対し酷い罪を犯していて、それなのによくこんなに母親の面倒をみてあげるなとは思いましたが。私なら赦せないかも・・・。

山田詠美 『つみびと』(中央公論新社)

2010年に起きた「大阪2児餓死事件」をモチーフにした小説です。

幼い2児をマンションに閉じ込めて放置し餓死させた風俗嬢の蓮音。

蓮音は根っからの悪人ではないのです。
ただ、愚かなのです。
蓮音も、蓮音の母親の琴音も、蓮音の祖母も。
蓮音の元夫も、蓮音の父親も、蓮音の祖父も。
蓮音の周りの女友達も、男友達も。
蓮音と彼女を取り巻く全ての人達が、本当に愚かなのです。

時として、愚者は悪人よりもタチが悪い。
そう思います。

印象的だったのは名前です。
蓮音の子供の名前は桃太と萌音といいます。
きっと生まれてきた時は嬉しくて、一生懸命に考えた名前だと思うのです。
それでいったら、蓮音も琴音も良い名前ですよね。

でも愚かだからね。
努力を続けることや、我慢することが出来ないんですよ。

本当にやるせなくなる小説でした。






金原ひとみ 『アタラクシア』(集英社)

綿矢りさの新刊も金原ひとみの新刊も集英社からだ。
頑張っているね。

望んで結婚したのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。

という帯の惹句は秀逸。

なのですが、登場人物の殆どが一般人と乖離していて共感しにくい。
残念。
『マザーズ』くらい一般に落とし込んで欲しかった。
これだと「そりゃ苦しいよね、だってアンタおかしいもん」としか思えん。

綿矢りさ 『生のみ生のままで』(集英社)

綿矢りさの最新刊は、女性同士の恋愛小説です。
レズビアンということではなく、二人ともそれまで男性のことしか好きになったことはないのに、どうしても惹かれ合ってしまったと。
相対評価ではなく絶対評価。
好きになってしまった人が同性だったということ。

んー。
肉体関係の描写も結構あって、綿矢さん新境地だなとは思いましたが、上下巻にするほどの内容かなと思ってしまいました。
そこまで書き込めていないというか。

仲を引き裂かれたり、片方が難病にかかったりと紆余曲折はありますが、出来事追いな感じで不自然さが残る。
さらっと読めるけど、印象に残らない。
綿矢さんは好きな作家なのにちょっと残念でした。




林真理子 『マリコを止めるな!』(文藝春秋)

「週刊文春」の連載エッセイを単行本化したものの最新刊です。

小室哲哉さんの引退、藤吉久美子さんの不倫、日大タックル問題、紀州のドン・ファンなど、あーそうだったーという感じ。

そうそう。「鳥肌が立つ」を感動した時に使うのは本来は誤用なのですよ。

あと、下記に大いに同意。
「母親のごはんをきちんと食べさせないと、子どもの成長に影響する」と識者が諭す。しかし外食で育った台湾の子どもが、不良になったという話は聞かない。家庭不和が別段多いわけでもない。要するにおいしいものを家族の誰かと食べればいいわけである。

同じような類で私がケッ!バッカじゃねーの?と思うのは、「お腹を痛めてこそ」みたいなことを言う非科学的な人。それじゃあ無痛分娩が普通のシンガポールのお母さんは子供を愛せないということですか?と私は訊きたい。

チョ・ナムジュ 『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)

韓国で100万部突破の大ベストセラーとなった本作、ようやく読みました。

私は小5~高1まで韓国・ソウルで暮らしていたのですが、韓国の女性がこんなに差別されていたとは気付かなかった。むしろ韓国では女性の方が強いとすら思っていた。

1982年生まれのキム・ジヨンの誕生から現在までを通し、受験や就職や結婚や育児で、韓国の女性たちがどのような困難や差別を受けるかを描いています。
ちなみにキム・ジヨンというのは韓国の1982年生まれの女性で一番多い名前なのだそうです。

大韓民国はOECD加盟国の中で男女の賃金格差が最も大きい国である。2014年の統計によれば、男性の賃金を100万ウォンとしたとき、OECDの平均では女性の賃金は84万4000ウォンであり、韓国の女性の賃金は63万3000ウォンだった。
また、英国の『エコノミスト』誌が発表した「ガラスの天井(マイノリティや女性の昇進を妨げる、目に見えない壁)指数」でも、韓国は調査国のうち最下位を記録し、最も女性が働きづらい国に選ばれた。

・・・知らなかった。

本作を読んで思ったこと。
女は女だけから生まれてくる訳ではない。必ず父親がいる訳ですよね。
男達は自分が女達にしていることを娘がされても平気なのですかね?
例えばセクハラ。就職試験での差別。娘がされても平気なの?
いや違うな。そういう置き換えが出来ないんだろうな。
男には想像力というものが著しく欠けているのだと思う。

姫野カオルコ 『彼女は頭が悪いから』(文藝春秋)

2016年に起きた東大生強制わいせつ事件に着想を得た小説です。
被害者が受けた暴行や、被害者と主犯との関係性などは、かなり事実に即しているようです。

473ページとかなり長いです。
それは被害者と加害者の中学生頃からのバッグボーンを描いているから。
二人が最初の出会ったのは大学生になってからです。
なぜ彼女が被害者になったのか。
なぜ彼が加害者になったのか。
事件は瞬間的に起きるものではなく、目に見えない日々の積み重ねが、日常の数年が、彼女を被害者に、彼を加害者にならせたのだなと。
それは親の教育だったり、周囲の環境だったりと複合的なものによると思いますが。

登場する東大生男子達が笑っちゃうほど最低最悪で鼻持ちならなくて。
「女子大生は全員、東大生男子を逃すまいと思っている」と思っているのですよ。
って、え?そうなの?時代は変わったの??
…今度、新入社員の子達にヒアリングしてみます。

彼らの親も同様。
息子はハニートラップに引っかかった被害者だとすら思っている。
まぁ、こんな親だから、息子がこうなるということですね。

ラストの方に出てくるこの文章が秀逸です。

彼らは美咲を強姦したのではない。強姦しようとしたのでもない。
彼らは彼女に対して性欲を抱いていなかった。
彼らがしたかったことは、偏差値の低い大学に通う生き物を、大嗤いすることだった。彼らにあったのは、ただ「東大ではない人間を馬鹿にしたい欲」だけだった。

殊能将之 「ハサミ男」(講談社)

美少女を殺害し、喉元にハサミを突き立てる殺人犯「ハサミ男」。
三人目のターゲットを決め、緻密なリサーチを行っていたが、ある日、何者かに先に彼女を殺されてしまう。
しかも自分と全く同じ手法で。
一体、誰が、なぜ、彼女を殺したのか?

連続殺人犯が三人目だけは自分が犯人ではないと、真犯人を探すという設定は面白い。
そして叙述トリックが使われていて、後半、えーーーっとなります。
でもこれは絶対に気付けないと思うわ・・・。

これは小説ならではで、映像にしたら一発でネタばれるから、映像化は不可能だろうと思ったら、2005年に豊川悦司、阿部寛、麻生久美子で映画化しているじゃないか。よくやったなー。どうやったんだろう。

多島斗志之 『黒百合』(東京創元社)

舞台は1952年の六甲山の別荘地。
東京から父の旧友の別荘に遊びに来た進は、その家の息子である一彦、近くの別荘に滞在中の香と知り合い、ひと夏を3人で過ごす。

ここに1935年に進と一彦の父親が上司の海外視察に随行しベルリンを訪れた際のエピソードが挟まれていきます。

中盤までは特に命題も無く、何が謎なのかすら分からず、ミステリというより純文学のテイストだなと思いました。

謎としては、香の父親の死の真相なのですが、これが複数の叙述トリックとなっており、私はミスリードされて騙されたのですが、だからと言って、たいして面白いとも思えず。

なぜ本作がこんなに評価されているのか分かりませんでした。
ま、タイトルにはそういう意味もあったのねー、という感じです。

セバスチャン・ジャプリゾ 『シンデレラの罠』(東京創元社)

1962年に刊行後、「東西ミステリーベスト100」などのオールタイム・ベストでは必ずランクインする傑作ミステリです。
この度ようやく読みまして、このトリックは数多くの作家に影響を与えたろうなと思いました。
記憶に残る、誰かに話したくなる大胆な展開です。

火事で大火傷を負った20歳のミシェルは皮膚移植により一命をとりとめたが、一緒にいたドムニカは焼死してしまった。火事の真相を知っているのはミシェルだけなのだが、火事のショックで記憶を失ってしまい…。

ミシェルとドムニカの因縁と遺産相続問題も絡み、ミシェルは本当にミシェルなの?と疑いが生じていきます。
途中で真相はこうなのでは?と思ったら、その先を行く結末でした。

なお、章タイトルも秀逸なの。

わたしは殺してしまうでしょう
わたしは殺しました
わたしは殺したかもしれません
わたしは殺すでしょう
わたしは殺したのです
わたしは殺します
わたしは殺してしまいました


どうよこのセンス!!
「わたしは殺しました」と「わたしは殺してしまいました」の違い。
素晴らしいね。

これどこかで使いたい。

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